ミクロ経済学 学習ロードマップ

「経済学をやってみたいんだけど,なにかいい本を教えてくれない?」
この言葉を聞くようになってから2年程度が経過しました.

この質問をしている人には2つのタイプがあります.

1つ目のタイプは,経済ニュースを分かるようになりたいっていう人です.
こういうときは,僕自身あまり経済政策やら景気やらの話をするのは得意ではなく,適当に答えてしまうことを恐れてしまって困ってしまいます.
しかしオススメしないわけにもいかないので,そのときは質問者の興味にあった本を紹介することにしています.

2つ目のタイプは,経済理論をきちんと勉強したいという人です.
もちろん経済政策やら景気やらに興味があって,それを理論的に強固な形で知りたい,という人もこの集合に含まれます.

色々と考え方はありますが,こういう人に対して,僕はまず,簡単な「ミクロ経済学」の理論を一度集中的に勉強することを強く奨めています.
様々な経済学の議論の背後には,例外なく学部一回生から学ぶミクロ経済学の基礎理論が存在します.
また実際,現代的なマクロ経済学ミクロ経済学的基礎を背後に持つわけですし,そういった方向に興味がある人も,ミクロ経済学の理論を学ぶことは,長い目で見て大いに有効であると思います.
(あと僕自身があまりマクロ経済学を知らないから,という裏の事情もあったりします)

一言で「ミクロ経済学」と言っても,テキストの数は数多あり,どれを初めに取ればいいのかが分からないと思います.
僕もそうでした.
しかし一応は,僕の中での定番テキストも決まってきているのも事実です.
そこで以下ではミクロ経済学の学習法に関する簡単な議論も交えながら,そのテキストを紹介します.短く.
というより僕のやってきたことを書きます.

時間があれば今度マクロ経済学についても書くかも.
(でも僕マクロほとんど勉強してないや.)

なお対象者は「本当に何も知らない人」から,です.
もちろん分かる人は途中からやればいいと思います.




* * *




▼一番最初のレベル



さて,まずミクロ経済学って何をやっているのかということを知ることが必要です.
僕の大学でははB1後期に「ミクロ経済学入門」という講義があります.
そこで初めて経済学に触れたのですが,正直何がなんだかさっぱりわかりませんでした.

何が偏微分やねん.

とにかく限界代替率とか限界費用とか,そういう単語レベルから分からなくて,経済学の骨格すらつかめないままでした.
(今でも「つかめた!」って自信は無い...)

このまま嫌いになっちゃうパターンも,多々あると思います.
何が偏微分やねん.

でも,骨格がわかってしまえばなんとかなるものです.

僕自身は,その時は,荒療治的な何かというか,無理やり後述の「武隈ミクロ」を脳内にインストールして乗り切りましたが,後になって色々と生協の書店で教科書を見ていると結構いい本を見つけたので買っちゃいました.


木暮太一「落ちこぼれでもわかるミクロ経済学の本―初心者のための入門書の入門」

なんだか簡単そうに見えるし,実際ページをめくれば簡単なのですけど,ミクロ経済学の抽象的でわかりにくいかなとおもうところを,簡単な例を用いて説明してくれています.
(なんか噂で聞きましたがどこかの大学のミクロ経済学入門の教科書になってたらしいです.)
もちろんこれだけでミクロ経済学を終わらせた,と言うことは出来ません.
しかし1週間(で,読める.その気になれば3日で読める.)の時間をかけてこれを読めば,間違いなく後のレベルにおいて本格的に学習するときのとっかかりにはなってくれると思います.
あ,もちろんこのレベルなら分かるっていう人は,必ずしも読む必要は無いテキストです.




▼入門レベル



ざっと脳内の「環境整備」が終わったならば,いよいよ入門編です.
とは言うものの,入門的な教科書は正直な話,どれを読んでも結構一緒かなと思います.
強いて言うなら,ざっと目を通しただけですが,


荒井一博「ファンダメンタル ミクロ経済学

がいいかな,と思います.

具体的な書名を挙げるのは避けますが,「経済学の理論」を学ぼうとしているのであるのならば,「ビジネスに応用できる!」とか「現実の話題が沢山!」とかの謳い文句の本はあまりおすすめしません.
もちろんビジネスに応用するために経済学を学ぶ人にとっては,この上ない近道なのでしょうが,今議論している話は,それとはちょっと違います.
この辺りから数式やグラフの抽象的な扱い方に慣れるために,良い意味でストレスを感じてそれに慣れるのがいいと思います.

しかしこれだけだとお叱りの言葉が飛んできそうなので,ここで学習法についての補足をしておきます.

これに関しても色々と議論はあるのでしょうが,経済学の学習には
「計算」「自分でグラフを動かす作業」
が必要にして不可欠であると,僕は信じています.

数式の流れだけを追っても,理解には繋がりません.
必ず一度自分で導出してみるべきです.

また同様の議論がグラフに関する議論でも成り立ちます.
例えばとあるグラフがシフトした場合,どのような変化が起こりえるのかということは,自分で実際にグラフを動かしてみなければ深く理解できません.

その上で要求されるのは,「数式の直観的な解釈の作業」です.

これは余談になるかも知れないのですが,僕は経済学の楽しみの1つとして,この「数式の直観的な解釈の作業」があると思っています.
経済学の数式一つ一つは生きています.
いやそれは言い過ぎ.
でも生きているまでは言いませんが,一つ一つが意味を持っているということは確かです.

ここに具体例を挙げるのは避けますが,出てきた数式が「一体どうしてこの形になるのか」ということや,「この理論を現実に適用することはできるのか」,「結局この数式ってどういう意味なのか」を解釈する作業により理論のより深い理解に繋がります.もちろん,楽しい作業です.

逆に言えばこの作業をしなければ,経済学は「ただの微分してゼロと置く作業」になってしまいます.
最初は難しいですし,何がなんだか分からないのですが,教科書には「この数式の直観的意味は〜ということである」と説明してくれているものもありますので,だんだんと慣れていくと思います.

従ってこれは人それぞれなのでしょうが,教科書を丸写しまでとは言わねど,内容を自分でまとめてノートに自分の言葉で書いてみる作業も,効果的です.
(僕は今でもよくやってます.)





▼中級レベル?



入門的な教科書を終われば,中級レベルに進みます.ここが一番大事です.
このレベルには定番と呼ばれる本が2冊存在しており,実際これをやれば「学部でやるミクロ経済学」はオールオッケーなのです.
公務員試験とかもこのレベルじゃないかな?わかんないけど.

まずは,「荒井ミクロ」です.

荒井一博「ミクロ経済理論」

その記述がわかりやすいのももちろんのこと,特筆すべきは巻末の「数学補論」です.
この数学補論で,ある程度の数学の紹介がなされており,これを読めば簡単な数学的手法の直観的な理解が出来るようになります.
特に凸集合とか全微分とかの説明がよかったです.当時B2でしたが,するっと簡単に理解できました.

次におすすめするのは定番である「武隈ミクロ」です.


武隈慎一ミクロ経済学

定番中の定番なので,見たことがある人も多いと思います.
僕は,これから始めました.ちょっと疲れましたけど,集中的にやるなら,これより簡単なレベルをすっ飛ばしてこれから始めても大丈夫かな?と実感があります.

これも有名ですが,演習書も出ています.
多分,経済学やってる人は,みんな持ってて一度は解いたことがあるんじゃない?


クールな記述で分かりやすく,「まさにミクロ経済学!」っていう感じのテキストです.
僕はこの本のお陰で経済学慣れをすることが出来ました.

しかし残念ながらラグランジュの未定乗数法に関する話が全くないということ,あとこの本は結構古い本でして,「ゲーム理論」に関する記述がちょっと少なくなっています.
これは痛い.

ですので,武隈ミクロのみで回すのならば,「武藤ゲーム」は必須であると思います.

武藤滋夫「ゲーム理論入門」

なにより安いのもいいですね.
僕がゲーム理論に初めて触れたのは,この本でした.
ゲームやりたいんですけど!って言われたら僕はまずこの本を紹介しています.
ロジカルに進行する議論によってゲーム理論の魅力が伝わってきます.
難点は哀しいかな,新書サイズなので利得表などが読みにくいところです.
あと,この本,「入門」と書いてありますが,後半は「入門」ではなくなってきますw

さて,話は戻りまして次は定番「奥野ミクロ」です.


奥野正寛「ミクロ経済学

僕はこの「奥野ミクロ」を一番お勧めします.
とにかくわかりやすい.さらに面白い.最先端の研究の紹介までやっちゃう.
数学に関する補論も,出てきたその都度なされるので通読がストップしません.
またゲーム理論に関する記述に紙面の半分を割いていますので,実はコレ一冊でなんとかなっちゃう,みたいな感じなのです.
何週読んだんだろって位読みました.

またこれの演習書がまた良いです.

初歩の数学から始めてくれて,まず最初にラグランジュの未定乗数法に慣れることができます.
中で扱われている問題数は少ないですが,その一つ一つが「理論を理解できるような問題」になっていて,良い感じです.
「何でもかんでもラグランジュ関数編んでも解けないよ!」って声が聞こえてきました.
このあたり,武隈ミクロの演習書とは違います.
武隈ミクロの演習書は数値計算が主で,言うなれば「微分してゼロとおけば解けちゃう」のですが,そういう問題は奥野ミクロの演習書には無いです.
僕はコレを5週程度回したと思います.面白かったし.




▼上級?



この辺りになってくると僕もよく分からない,というかそもそも紹介しなくても自分で探して読むことができるでしょうから,あまり紹介することは出来ません.
しかし皆やってるなーって感じでよく見るのは

奥野・鈴村「ミクロ経済学

ボンズ「経済学のためのゲーム理論入門」

岡田章「ゲーム理論
(新版が出るのか...買おうかな...うーん...)

この辺りです.西村ミクロやってる人もたまに見ます.

あとマスコレル?

これは今やってます.
重い.難しい.分厚い.死ぬ.難しい.怖い.死ぬ.




▼まとめとそのほか



以上,「ミクロ経済学学習ロードマップ」をざっとまとめてみました.
この雑文が,多くの方の学習のご参考になれば幸いです.
大切なことは,どの本も歯ごたえがあってやるのは疲れるけれど,一周だけじゃなくて何週も何週も繰り返してやることです.
とにかく辛さの後に慣れがきて,そして楽しさが来て,やっぱり辛いかなと思いながらもちょっと楽しいのが,この分野なのかなと,最近思っています.
決して楽しいばかりではないですが,まずは楽しくなるくらいまでやってみることを強くお勧めします!